モニター画面の向こう側にいる本当のユーザーを見つける
新商品の開発やマーケティング戦略の策定において、データは欠かせない羅針盤です。アンケート調査によるN=1000の定量データ、Web行動ログ、SNSのソーシャルリスニング。私たちは日々、膨大な数値と向き合い、「ユーザーが求めているもの」を定義しようとしています。
しかし、完璧なデータに基づいて開発したはずの商品が、市場で思うような反応を得られない——そんな経験はないでしょうか。
「機能は十分なはずなのに、なぜか愛着を持たれない」
「ターゲット層の数値要件は満たしているのに、リピートに繋がらない」
もし、そのような違和感を抱いているなら、それは**「情報の解像度」と「身体的な温度感」の欠如**に起因しているかもしれません。
本記事では、ウェルネス・フィットネス業界における商品企画・マーケティング担当の方々に向けて、数値化できない「感覚」を開発に活かすための**「ヒューマン・インサイト・マーケティング」**の視点を共有します。
なぜ「アンケートの正解」が「現場の最適解」にならないのか
私たちは往々にして、ユーザー自身の言葉を信じすぎてしまいます。しかし、行動経済学や心理学の分野でも指摘されるように、人間は自分自身の行動理由や身体感覚を、正確に言語化できるわけではありません。
特に、スポーツウェアや健康食品、ウェルネスガジェットといった「身体」に関わる領域では、その傾向が顕著です。
ユーザーが言語化できない「空白」の正体
アンケートで「着心地はどうですか?」と聞かれれば、ユーザーは「良い」「普通」「悪い」のいずれかを選び、そこに理性的な理由を付け加えます。しかし、実際の現場では以下のようなことが起きています。
- 無意識の補正動作: ウェアの突っ張りを無意識に直しながら動いているが、本人は気にしていない(気づいていない)。
- 文脈による変化: 自宅での試着では「快適」だった素材が、汗をかいた状態や特定の動きの中では「不快」に変わる。
机上のデータ収集では、この「無意識の補正」や「環境要因による変化」が抜け落ちてしまいます。その結果、スペック上は完璧でも、現場で使われると「なんとなく使いづらい」商品が生まれてしまうのです。
「0.5秒の違和感」を可視化する:身体体験の現場にある情報の宝庫
では、真のインサイトはどこにあるのでしょうか。それは、ユーザーが汗をかき、心拍数を上げ、何かに没頭している**「ライブ(現場)」**の中にこそ存在します。
ダンスやフィットネスの現場は、マーケティングリサーチの観点から見ると、極めて純度の高い「行動観察の場」と言えます。
身体が発する「無言のフィードバック」
たとえば、ダンスレッスンの最中を想像してみてください。参加者は音楽と動きに集中しています。その極限状態において、ふとした瞬間に現れるしぐさこそが、商品開発のヒントになります。
- 特定のステップの時にだけ、シューズのグリップを気にする視線を送る
- 給水のタイミングで、ボトルの開閉にわずかなストレスを感じている
- 激しい動きの後、プロテイン飲料を飲む際に喉の通りを気にしている
これらは、アンケート用紙に向かっている時の「理性的な脳」では思い出せない、0.5秒の身体的違和感です。この微細なシグナルを拾い上げることこそが、競合他社との差別化要因となる「ディープ・インサイト」への入り口となります。
インストラクターを「高度なセンサー」として実装する
しかし、開発担当者が毎日スタジオに通い詰め、ユーザーの微細な動きを観察し続けるのは現実的ではありません。そこで重要になるのが、インストラクター(指導者)の存在です。
彼らは単にダンスや運動を教えるだけの存在ではありません。毎日、何十人、何百人ものユーザーの身体の動き、表情、そして「現場の空気」を観察し続けている、極めて感度の高い生体センサーであり、現場と企業をつなぐ翻訳者でもあります。
翻訳者としての3つの能力
プロフェッショナルなインストラクターは、以下の情報を言語化する能力を持っています。
- 代弁力: ユーザー自身も気づいていない「動きにくさ」や「ストレス」の原因を、解剖学的・運動生理学的な視点で代弁できる。
- 定点観測力: 「先週と比べて、参加者のモチベーションがどう変化したか」「季節や天候がどう影響しているか」といった、時系列の文脈を理解している。
- 熱量の感知: 商品やサービスが受け入れられた瞬間の「目の輝き」や、逆に飽きられた瞬間の「空気の弛緩」を肌感覚で知っている。
この能力を商品開発のプロセス(R&D)やマーケティングに取り入れることで、外部コンサルタントのレポートよりも遥かに解像度の高い「現場の一次情報」を得ることが可能になります。
「実験室」から「共創の場」へ:次世代のリサーチ手法としての提案
これからのウェルネス製品開発においては、社内の実験室や会議室だけで完結させるのではなく、現場を巻き込んだ**「共創(Co-creation)」**のアプローチが有効です。
「モニター募集」として商品を配って終わりにするのではなく、インストラクターやコミュニティと共に「使い心地を育てる」プロセスを設計してみてはいかがでしょうか。
具体的なアプローチのヒント
- プロトタイプの段階で現場に投入する:
完成品ではなく、開発途中のものをインストラクターに使ってもらい、「現場での不具合」を即座にフィードバックしてもらう。 - 「使いにくい」を「こうだったらいいのに」へ変換する:
批判的な意見を集めるだけでなく、インストラクターの知見を借りて「どう改良すれば現場で輝くか」というアイデア出しまでを共に行う。
LinoPodのようなプラットフォームは、単なるインストラクターのマッチングだけでなく、こうした**「企業と現場をつなぐR&Dのパートナー」**としての活用も可能です。多様なジャンルのプロフェッショナルと繋がることは、御社の開発チームに「外部の身体感覚」をインストールすることと同義です。
データに「体温」と「物語」を乗せる
DX(デジタルトランスフォーメーション)が進み、あらゆるものが数値化できる時代だからこそ、数値化できない**「身体感覚」や「現場の熱量」**の価値が高まっています。
「きれいなデータ」は嘘をつきませんが、すべての真実を語るわけでもありません。
- 理性的なデータ(Quantitative)
- 感情的・身体的なインサイト(Qualitative)
この両輪が噛み合ったとき、商品は単なる「モノ」を超えて、ユーザーの人生を豊かにする「体験」へと昇華します。
現場には、まだ誰も見つけていない「答え」が転がっています。
