データは「正解」を語るが、「感動」は作れない。〜ダンスインストラクターの「感性」を活かした、健康経営時代の商品開発リサーチ論〜

データは「正解」を語るが、「感動」を作れない?

「市場調査のデータは完璧だった。機能性も競合を上回っている。それなのに、なぜユーザーの心に響かないのか?」

ウェルネス業界の第一線で活躍される皆様にとって、こうしたジレンマは珍しいものではないはずです。CRMツールの進化やビッグデータの活用により、私たちはかつてないほどに顧客の行動を追跡できるようになりました。しかし、定量データが積み上がる一方で、競合との差別化につながる決定的な「インサイト(発見)」は、未だかつで面白くもあり、悩ましいところです。

特に、健康食品やスポーツウェアといった身体感覚に直結するプロダクトにおいて、ユーザーは「スペック」ではなく「体験」を買っています。機能的な正解を積み上げただけでは、ユーザーが真に求めている「心地よさ」や「気分の高揚」には届きずらいところがあります。

本記事では、データ偏重の開発から脱却し、**「ユーザー自身も言葉にできない身体的ニーズ」**を掘り起こすための新たなアプローチについて、紐解いていきます。

無意識のバイアズがユーザーニーズと乖離する

昨今、多くのウェルネス企業が自社のミッションとしてだけでなく、組織戦略としても「健康経営」を推進しています。従業員の健康を守り、生産性を高めることは素晴らしい取り組みです。しかし、この「健康を管理・数値化する」というマインドセットが、商品開発の現場に思わぬ弊害をもたらすことがあります。

それは、「健康=数値で測れるもの」という無意識のバイアスです。

  • プロテインのタンパク質含有量
  • ウェアの吸汗速乾性データ
  • サプリメントの吸収率

これらは確かに重要ですが、ユーザーが日常で感じているのは数値だけではありません。「なんとなく着心地が重い」「味が人工的で飲むのが義務に感じる」といった、極めて感覚的な「質感」です。開発チームがエビデンスやスペック(数値)を追求すればするほど、ユーザーの直感的な「快・不快」の感覚から乖離してしまうケースがあります。それが、「ユーザーが求めるものとのズレ」になります。

言語化できない違和感を翻訳する:求められる「高感度な身体センサー」

では、どうすればこの乖離を埋められるのでしょうか。従来のグループインタビューやアンケート調査では、ユーザーは「言語化できる範囲」でしか回答してくれません。

ここで必要となるのは、一般ユーザーが見過ごしてしまう微細な身体反応をキャッチし、それを開発言語に変換できる**「特殊なセンサーを持った専門家」**の存在です。

なぜ、ダンスインストラクターなのか?

 アスリートや職人も高い身体感覚を持っていますが、インストラクターが特異なのは、**「感覚を他者に伝える(ティーチング)」**訓練を自然と積んでいる点です。

彼らは日々、音楽という抽象的な情報と、自分や生徒の筋肉・関節の動きを調和させるために、自身の身体を客観視しています。 「なぜ今、動きが詰まったのか?」「どこに力が入ると不快なのか?」 この、身体への「なぜ?」を問い続ける習慣こそが、商品開発における**「身体の翻訳者(Body Translator)」**としての資質に直結します。

一般のユーザーが見過ごすような微細な身体反応を敏感に察知し、言語化する特殊技能を持っています。

  • 「このウェア、静止時は完璧だけど、肩甲骨を寄せた瞬間にわずかな突っ張り(ノイズ)を感じる」
  • 「このドリンク、成分は良いが、喉を通った後の余韻が『重く』、運動へのモチベーションを削ぐ」

このように、一般消費者が「なんとなく嫌」で片付けてしまう感覚を、具体的な身体動作や感覚言語としてフィードバックできるのが彼らの強みです。彼らは、開発者とユーザーの間にある「感覚のズレ」を埋める、優秀な**「身体の翻訳者」**となり得るのです。

実践:「数字ではなく温度を測る」体験型リサーチの価値

ここでいう「ダンスインストラクターを活用した体験型リサーチ」とは、単に商品を試してもらうだけではありません。開発担当者も一緒になって身体を動かし、感覚を共有するプロセスも大事だと考えています。

これを私たちは**「数字ではなく温度を測る」アプローチ**と呼んでいます。

具体的なステップ例:

  1. コンテキストの共有:会議室ではなく、スタジオやジムに近い環境で商品をテストします。
  2. 身体的同期:インストラクターと開発者が同じ動作を行い、心拍数や体温が上がった状態(=実際の利用シーン)を作ります。
  3. 即時フィードバック:運動直後の「身体が覚醒している状態」で、インストラクターから生の感覚を聞き出します。

冷静な会議室で分析するデータ(数字)とは異なり、高揚感や疲労感の中で交わされる対話には、ユーザーのリアルな「温度」が宿ります。この温度感の中にこそ、次のヒット商品につながるインサイトが隠されているのです。

「被験者」から「共創者」へ:熱量の高いUGCが生まれるメカニズム

このプロセスの副次的な、しかし強力な効果として「マーケティングへの波及」が挙げられます。

従来のインフルエンサー施策では、完成した商品を渡して「PR投稿」を依頼するのが一般的でした。しかし、これでは熱量は生まれません。

開発段階からインストラクターを巻き込み、「あなたの身体感覚がこの商品を良くする」という姿勢でリサーチを行うことで、彼らは単なる「被験者」から**「共創パートナー」**へと変化します。

「私が開発に関わったウェア、本当に動きやすいから試してみて!」

自身の意見が反映された商品に対しては、愛着と責任感が生まれます。その結果、作為的ではない、熱量の高いリアルな口コミ(UGC)が自然発生し、彼らの生徒やフォロワーへと波及していくのです。これこそが、広告費だけでは買えない、最強のコミュニティマーケティングの種となります。

作り手の感性を解き放つことが、次世代のウェルネスを作る

データは「過去」を映す鏡ですが、「未来」を切り拓くのは人間の「感性」です。

今、世の中では「健康経営」やウェルビーイングが当たり前になりつつあります。そんな時代だからこそ、提供するプロダクトにも、スペック以上の「確かな体温」が求められているはずです。 その熱量を生むためには、まず作り手である私たち自身がPCの前から立ち上がり、身体的な感覚を呼び覚ます必要があるのではないでしょうか。

 

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