その健康施策は、誰のために動いていますか?
「健康経営優良法人」の認定取得を目指し、多くの企業がジムの会費補助やストレスチェックを導入しています。しかし、人事担当者の皆様は、このような違和感を抱いていないでしょうか。
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「制度は整ったが、利用するのは一部の健康意識が高い社員だけだ」
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「施策を打っても、組織に活気が生まれた実感が薄い」
もしそうであれば、それは健康経営を単なる「従業員の健康管理(福利厚生)」として捉えているからかもしれません。
今、求められているのは視点の転換です。健康経営を、従業員を自社のファンにし、ビジョンへの共感を高めるための**「最強のインターナルマーケティングツール」**として再定義すること。本記事では、組織開発の視点から、身体的アプローチがいかにして組織の「サイロ(縦割り)」を壊し、エンゲージメントを高めるかを解説します。
視点の転換:「コスト」としての健康管理から「投資」としてのファン作りへ
従来の健康施策の多くは、会社が従業員に「与える」ものでした。ジムの補助券や健康診断のオプション追加は、従業員の満足度(Satisfaction)を上げるかもしれませんが、会社への愛着や貢献意欲(Engagement)を直接生み出すわけではありません。
インターナルマーケティングのゴールは、従業員一人ひとりが自社のビジョンに共感し、自発的に貢献したくなる状態を作ること、つまり**「従業員を自社のファンにする」**ことにあります。
そのためには、「個」の健康を支援するだけでなく、「群(チーム)」としての体験を設計する必要があります。ただ健康になればよいのではなく、「この仲間と、この会社で働くことが楽しい」と感じさせる体験こそが、エンゲージメントの源泉となるのです。健康への投資は、福利厚生費という「コスト」ではなく、組織の一体感を醸成するための「ブランディング投資」へと昇華されるべきです。
課題の解決:「縦割り(サイロ)」を破壊する非言語コミュニケーションの科学
組織が拡大するにつれ、部署間の壁、いわゆる「サイロ」は厚くなります。社内報で「連携強化」を謳い、トップが「ワンチーム」を叫んでも、現場の壁は容易には崩れません。言語によるコミュニケーションには、役職や立場のバイアスがかかりやすいからです。
ここで有効なのが、身体的アプローチによる非言語コミュニケーションです。
特に、音楽に合わせて複数人で同じ動作を行う「ダンス」や「リズム運動」には、**「シンクロニー効果(同調効果)」**と呼ばれる心理的作用があります。同じリズム、同じ空間を共有し、身体的な動きが一致することで、理屈抜きに「仲間である」という連帯感が脳内で醸成されます。
脳を活性化する「デュアルタスク」の効能
また、ダンスのような活動は「音楽を聞く(聴覚)」「動きを見る(視覚)」「体を動かす(運動)」を同時に処理する**デュアルタスク(マルチタスク)**であり、脳の認知機能を強力に刺激します。役職や部署の垣根を超え、共に汗をかき、時には動きを間違えて笑い合う。
このフラットな体験こそが、会議室では生まれない心理的安全性の土台を作り、部署間の壁を「物理的」かつ「心理的」に破壊する最も手っ取り早いチームビルディングとなります。
成果の定義:ROIは「病気にならないこと」ではなく「カルチャーの定着」
インターナルマーケティングとしての健康経営において、成果指標(KPI)を「BMIの適正化」や「有給消化率」だけに置くのはナンセンスです。真のROI(投資対効果)は、その先にある**「企業文化(カルチャー)」の変容**にあります。
- 顔見知りが増える: 他部署の人間が「知らない人」から「一緒に踊った〇〇さん」に変わる。
- 失敗を許容する空気: ダンスで振付を間違えても笑い合える体験が、業務上のミスを隠蔽せず、建設的に解決する土壌を作る。
- 互いを応援する文化: 誰かの頑張りを自然に称賛するポジティブなフィードバックが習慣化する。
こうした「関係の質」の向上が、「思考の質」を高め、最終的に「行動の質(業績)」へとつながる。ダニエル・キムの「組織の成功循環モデル」を、身体的体験を通じて高速で回すことができるのです。
実践:「動く組織」を作るための3つの設計思想
では、具体的にどのようなプログラムを導入すべきでしょうか。重要なのは、一部の運動愛好家だけが盛り上がるイベントではなく、**「誰もが対等に参加でき、心理的障壁を感じないインクルーシブな場」**であることです。
プロのインストラクターが介在する真の価値は、単に動きを教えることではありません。現場の熱量を精緻にコントロールし、運動に消極的な層さえも自然と渦の中心へ巻き込んでいく**「空間設計」**にあります。
1. インクルーシブな体験設計:身体能力の差を「個性」に変える
椅子に座ったままできるリズムトレーニングや、呼吸にフォーカスしたストレッチなど、年齢・性別・体力を問わない多層的な構成をとります。 大事なのは「同じ目標(リズム)に向かって、それぞれの身体が反応している」という事実です。身体能力の差を優劣ではなく「表現の多様性」として捉え直すことで、組織内の相互尊重(リスペクト)を育みます。
2. 行動変容の仕掛け:脳科学が裏付ける「またやりたい」の作り方
「健康のために運動しましょう」という正論だけでは、人の行動は変わりません。そこで活用するのが、音楽とリズムによる脳科学的アプローチです。 好きな音楽に合わせて身体を動かすとき、脳内では快楽物質であるドーパミンが放出されます。この「理屈抜きの楽しさ」を報酬系に組み込むことで、「やらされる運動」は「自ら求めてしまう体験」へと変容します。このポジティブな感情の共有こそが、孤独な健康管理を、組織全体の活気ある習慣へとアップデートする鍵となります。
3. 人材の再発見:フラットな場で可視化される「非認知能力」
プログラムという「非日常」の場は、既存の評価シートでは測れない社員の**「非認知能力」**を可視化する絶好の機会です。
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カオスを乗りこなす力: 複雑なステップに戸惑う周囲を、ユーモアで和ませながらリードする若手。
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静かなる伴走: 動きが遅れている隣人に、さりげなく目線で合図を送り歩調を合わせるベテラン。
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即興的な創造性: 決められた振付を超え、自分なりのアレンジで場を盛り上げる意外なムードメーカー。 こうした「素顔の持ち味」を人事がキャッチアップし、現場へフィードバックすることで、適材適所の配置や、より強固なチームビルディングへと還元していく。これこそが、健康経営を「人材開発」へと昇華させる瞬間です。
身体を動かすことが、最強の組織戦略になる
身体を動かすことが、明日の組織を創る
ダイバーシティが進む現代において、共通の体験を通じたコミュニケーションの重要性は高まっています。「健康」という共通言語は、世代や立場を超えて人々を繋ぐ、穏やかで強力なハブとなります。
健康経営を「人事の事務作業」に留めず、組織を強くするための「経営戦略」として捉え直すのはいかがでしょうか。身体を動かし、リズムを共有することで生まれる一体感は、どんな言葉よりも雄弁に、貴社のカルチャーを形作っていくはずです。
まずはオフィスの一角に、心地よい音楽を流すことから始めてみませんか。そこから、組織の新しいリズムが静かに、そして確かに動き始めます。
