脳の「使いすぎ」が組織を止める?身体知能(ソマティック)で拓く健康経営の新常識

会議室の「重い空気」の正体は何か

DXや効率化が進み、私たちはかつてないほど高度に「頭(ロジック)」を使って仕事をしています。しかし、論理的な正しさだけで人は動ききれないのも事実です。 ロジックで整理された計画に、メンバーの「感情」や「直感」というドライブをかけるためには、思考の外側にあるアプローチが必要ではないでしょうか。

そこで今、組織開発の新たな切り口として注目されているのが、**「組織の詰まりを取り除く鍵は、脳ではなく『身体』にある」**という視点です。 本記事では、脳科学と身体のメカニズムに基づき、なぜ今ビジネスに「ダンス・身体表現」というソリューションが必要なのか、その本質的な価値を紐解いていきます。

1. 「脳だけ」で戦う限界:ロジックが組織を硬直させるメカニズム

身体を忘れた「脳」は警戒モードに入る

現代のビジネスパーソンは、デスクワークとオンライン会議に縛られ、身体をほとんど動かさずに一日を終えます。この「身体活動の欠如」は、単なる運動不足以上の問題を引き起こします。

人間は本来、動物です。身体が固まり、呼吸が浅くなると、自律神経はこれを「危機的状況(すくみ反応)」と認識します。すると脳は無意識に**「警戒モード」**へとシフトし、防衛的になります。

  • 新しいアイデアよりもリスク回避を優先する
  • 相手の表情をネガティブに読み取る
  • 発言することに恐怖を感じる

これこそが、いくら「心理的安全性」を叫んでも浸透しない根本的な理由です。身体が緊張している限り、心はオープンになれないのです。

見えない損失「プレゼンティーイズム」の正体

経済産業省の調査でも指摘されている「プレゼンティーイズム(出勤しているが、健康問題でパフォーマンスが落ちている状態)」。この損失額は欠勤の3〜5倍とも言われています。

健康経営において重要なのは、単に病気を防ぐことではなく、この「低下した出力」を本来のスペックまで引き戻すことにあります。

2. 次世代のリーダーシップ言語「ソマティック(身体知能)」とは

この課題を解決する鍵として、今、欧米のビジネスシーンで急速に浸透している概念があります。それが**「ソマティック(Somatic)」**です。

もともとは「生き生きとした身体」を意味する言葉ですが、近年のリーダーシップ開発においては、**「身体の感覚を通じて状況を認知する知性(身体知能)」**として再定義され、重要視されています。

これは、頭(脳)だけで考えるのではなく、身体全体を高度な「受信アンテナ」として使い、場の空気や相手の感情、そして自分自身の直感を「情報」として捉える技術のことです。

言語化できない情報をキャッチする

優秀なスポーツチームのキャプテンは、言葉を交わさなくてもチームメイトの不調や、試合の流れ(モメンタム)の変化を肌で感じ取ります。ビジネスも同様です。

  • チームの士気が下がっている「空気感」
  • 顧客が本当に求めている「温度感」

これらはロジック(言語)ではなく、ソマティック(身体感覚)でしか捉えられません。「ダンス」や「身体表現」のトレーニングは、まさにこの**「言語化以前の情報をキャッチするアンテナ」**を磨く行為なのです。

3. なぜ「ダンス」なのか?科学が示す3つの機能的価値

「なぜビジネスでダンスなのか?」と疑問に思う方もいるでしょう。しかし、学校教育の研究でも示されている通り、ダンスは単なる運動ではなく、「自己表現」「コミュニケーション」の複合機能を持ちます。ビジネスの現場では、以下の3つの効果が期待できます。

① シンクロニー(身体的同期)による「即席の信頼」

人間には、自分と同じ動きをする相手に好意や信頼を抱く**「シンクロニー効果」**という本能があります。ダンスやリズム運動で動きが揃うと、脳内でオキシトシン(絆ホルモン)が分泌され、理屈抜きで「仲間意識」が芽生えます。

言葉で「信頼関係を築きましょう」と説得するのに数ヶ月かかることが、音楽に合わせて数分間リズムを共有するだけで達成されることも珍しくありません。

② ヒエラルキーを溶かす「役割の解除」

私たちのプログラムでは、あえて「少し難しい動き」や「即興」を取り入れます。すると、普段は完璧な部長が動きを間違えたり、若手社員が意外な才能を見せたりします。

ここで生まれる**「笑い」と「愛すべき不格好さ」**が重要です。「上司・部下」という鎧(役割)が一時的に解除され、「ただの人間同士」として向き合う時間が生まれます。この体験が、会議室に戻った後の「発言のしやすさ」に関係します。

③ 脳のモードチェンジ

身体を大きく動かすことで、脳の血流が増加し、セロトニンやドーパミンが活性化します。論理を司る左脳優位の状態から、感覚や全体像を捉える右脳・身体感覚へシフトすることで、行き詰まっていた課題に対して全く新しい視点(ブレイクスルー)が生まれやすくなります。

4. 経営戦略としての「身体性」:データが示す市場の必然性

最後に、客観的な市場動向からこの取り組みの価値を確認します。

「形式」から「実質」へ向かう健康経営

2024年度、上場企業の約8割が「健康経営度調査」に回答するなど、健康経営はもはや企業の標準装備となりました。しかし、H&PM(健康・生産性マネジメント)の理論では、制度や枠組みだけでなく、**「企業文化・戦略との連動」**が成功の鍵であるとされています。

形式的なストレスチェックやジムの法人契約だけでは、組織の「文化」は変わりません。「共に身体を動かし、笑い合う」という原初的な体験こそが、文化を変える強力な触媒となります。

成長するヘルスケア市場への投資

ヘルスケア・健康づくり市場は2050年に約60兆円へ拡大すると予測されています。この中には、「治療」だけでなく「予防」や「活性化(ウェルビーイング)」が含まれます。

社員の身体性を高めることは、単なる福利厚生ではなく、**人的資本への「成長投資」**です。AIがロジックを代替する時代だからこそ、人間特有の「身体性」「共感性」を高める教育投資が、企業の競争優位性になります。

まずは「姿勢」を変えることから始めよう

いきなりオフィスで踊り出す必要はありません。まずは、チーム全体で「身体感覚」を取り戻す小さな一歩から始めてみませんか?

  • 会議の冒頭に1分間、全員で立ってストレッチをして「場」をほぐす。
  • 議論が行き詰まったら、座る席を変えたり、立って話したりしてみる。
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